箱根駅伝 専門メディア第103回大会 2027年1月2日・3日

コース・文化

5区・山上りの歴史:「山の神」から1時間07分台の時代へ

距離は23.4kmから20.8kmへ。5区の歴史を、山の神たちの記録と近年の記録ラッシュから振り返る。

目次
  1. 5区の距離はどう変わったか
  2. 山上りの先駆者たち
  3. 3人の「山の神」
  4. 20.8km時代の記録ラッシュ
  5. 受け継がれる愛称
  6. 最も急な上り
  7. 5区が往路を決める

箱根駅伝の往路最終区、5区は小田原中継所から芦ノ湖までの20.8kmを上る区間です。大会公式サイトによると、標高差は約834m。読売新聞は、日本陸上競技連盟が公認する長距離のコースではスタートとフィニッシュの標高差が1000分の1以内と決められていることを挙げ、20km余りで800m以上上るこの区間がいかに過酷かを伝えています。この記事では、5区の距離の変遷と名選手の記録をたどります。

5区(往路)は上り →6区(復路)は同じ道を下る01016.220.8km最高地点 約874m小田原芦ノ湖※ 標高差約834m・最高地点は公式サイトより。途中の曲線は概略
5区(往路)は上り →6区(復路)は同じ道を下る01016.220.8km最高地点 約874m小田原芦ノ湖※標高差約834m(公式)。曲線は概略
5区の高低差の概略。国道1号の最高地点を越えた後、芦ノ湖へ下る(大会公式サイトの数値をもとにVoxlynest編集部作成、曲線は概略)

5区の距離はどう変わったか

読売新聞によると、5区の距離は時代によって変わってきました。2005年の第81回大会は20.9kmで、現在とほぼ同じ距離でした。その後、第82回から第90回大会までは23.4kmと長くなり、函嶺洞門の通行禁止でバイパスを通るコースに変わった第91回大会からは、再計測で23.2kmとなりました。2017年の第93回大会で4区と5区の距離が見直され、5区は2.4km短い20.8km、4区は20.9kmになっています。

  • 第81回(2005年):20.9km
  • 第82〜90回(2006〜2014年):23.4km
  • 第91〜92回(2015〜2016年):23.2km
  • 第93回(2017年)以降:20.8km

読売新聞によれば、コースが変わったため、第90回大会以前の5区と6区、往路、復路、総合の記録は参考記録となりました。距離が異なる時代の記録は、単純には比べられません。

往路 107.5km →← 復路 109.6km大手町1区/10区鶴見2区/9区戸塚3区/8区平塚4区/7区小田原5区/6区国道1号最高地点 約874m芦ノ湖※ 距離の比率・標高は概略
往路 107.5km →← 復路 109.6km大手町1区10区鶴見2区9区戸塚3区8区平塚4区7区小田原5・6区最高地点 約874m芦ノ湖※ 距離の比率・標高は概略
コースの中での5区の位置。小田原中継所から芦ノ湖までの区間で、往路の最後に置かれている(大会公式サイトをもとにVoxlynest編集部作成、距離の比率は概略)

山上りの先駆者たち

読売新聞の5区特集は、最初に名をはせた山上りのスペシャリストとして、大東文化大学の大久保初男選手を挙げています。第50回大会から4年連続で区間賞を獲得し、第51回、第53回大会では区間新記録を出しました。1980年代には早稲田大学の木下哲彦選手(第59〜62回)、1990年代には大東文化大学の奈良修選手(第66〜69回)が活躍しています。

3人の「山の神」

「山の神」という言葉が知られるきっかけになったのが、順天堂大学の今井正人選手です。読売新聞によると、今井選手は2年生だった2005年の第81回大会で、20.9kmの5区で11人を抜き、1時間09分12秒を記録しました。続いて、23.4km時代に4年連続で区間賞を獲得したのが東洋大学の柏原竜二選手です。1年生だった2009年の第85回大会で8人抜きの区間新記録を出し、4年生の時には1時間16分39秒の区間新記録を出しました。チームは4年間で3度総合優勝しています。

3人目は青山学院大学の神野大地選手です。2015年の第91回大会では、23.2kmだった5区で46秒前の走者を抜き、1時間16分15秒でチームの初優勝に貢献しました。翌年も区間2位で走り、チームは2年連続の完全優勝を果たしています。

夕暮れの富士山と山並みを背に、道を走るランナーたちのイラスト
5区はこれまで多くの逆転劇の舞台となってきた(イラスト:Voxlynest編集部)

20.8km時代の記録ラッシュ

20.8kmになってからの5区は、記録の更新が続いています。読売新聞によると、第94回から第96回大会まで3年連続で区間記録が塗り替えられました。第99回大会では城西大学の山本唯翔選手(1時間10分04秒)と順天堂大学の四釜峻佑選手(1時間10分19秒)が第96回大会の東洋大学・宮下隼人選手の記録を破り、第100回大会では山本選手が1時間09分14秒で2年連続の区間新記録を出しました。

その後も更新は続きます。第101回大会では青山学院大学の若林宏樹選手が山本選手の記録を3秒上回る1時間09分11秒、第102回大会では同じ青山学院大学の黒田朝日選手が1時間07分16秒を記録しました。若林選手の記録を1分55秒上回る大幅な更新です。月陸Onlineは黒田選手を「シン・山の神」と伝えました。

5区の記録は往路の記録にも直結します。第102回大会の青山学院大学は往路を5時間18分08秒で走り、第100回大会に自ら出した往路記録5時間18分13秒を5秒上回りました。早稲田大学も5時間18分26秒で往路2位に入り、上位2校がともに5時間18分台で往路を終えています。

1位
黒田朝日(青山学院大)1:07:16(2026年)
2位
若林宏樹(青山学院大)1:09:11(2025年)
3位
山本唯翔(城西大)1:09:14(2024年)
4位
斎藤将也(城西大)1:09:28(2026年)
5位
工藤慎作(早稲田大)1:09:31(2025年)

上の表は、読売新聞の区間記録歴代ベスト5(第93回大会以降)による5区の上位5人です。5人のうち4人が第100回大会以降の記録で、城西大学が2人、青山学院大学が2人を占めます。

受け継がれる愛称

読売新聞によると、城西大学の山本唯翔選手は「山の妖精」と呼ばれました。大学周辺の薄暗い山道の練習コースを、白いキャップ姿で軽快に駆け上がる姿から付けられた愛称です。早稲田大学の工藤慎作選手は、漫画の主人公と名前が似ていることや眼鏡をかけた姿から「山の名探偵」の愛称で知られています。第102回大会では城西大学の斎藤将也選手も1時間09分28秒で歴代4位に入り、城西大学は山本選手の卒業後も5区の上位に名を連ねています。「山の神」から始まった5区の愛称は、選手の個性とともに受け継がれています。

最も急な上り

読売新聞は、5区の中でも屈指の急坂として、小田原中継所を出て9km過ぎの宮ノ下を挙げています。富士屋ホテル前の宮の下交差点を左折し、小涌谷駅へと上っていく区間です。工藤選手は、この坂を記録更新のための課題として挙げていました。最高地点を越えた後は芦ノ湖へ向けた下りが続き、上りとは異なる走りが求められます。

5区が往路を決める

往路順位総合順位1青山学院大1青山学院大4國學院大2國學院大6順天堂大3順天堂大2早稲田大4早稲田大3中央大5中央大7駒澤大6駒澤大5城西大7城西大8創価大8創価大17帝京大9帝京大9日本大10日本大赤線:復路で順位を上げた大学(往路11位以下は最下段に表示)
大学往路総合変化青山学院大1位→1±0國學院大4位→2↑2順天堂大6位→3↑3早稲田大2位→4↓2中央大3位→5↓2駒澤大7位→6↑1城西大5位→7↓2創価大8位→8±0帝京大17位→9↑8日本大9位→10↓1色付きの行:2つ以上順位が動いた大学
第102回大会の往路順位と総合順位。5区の逆転で往路を制した青山学院大学がそのまま総合優勝した(公式記録をもとにVoxlynest編集部作成)

日刊スポーツによると、第102回大会の黒田選手は首位と3分24秒差でたすきを受け、往路優勝まで逆転しました。第101回大会でも、若林選手が9.5km付近で中央大学を抜いて首位に立っています。2大会続けて、5区での逆転が往路優勝を決めたことになります。

参考資料

  1. コース紹介(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  2. 箱根駅伝とは(概要・歴史・豆知識)(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  3. 箱根路の5区に君臨するのは「山の神」「山の妖精」から「山の名探偵」へ…近年は記録ラッシュ(読売新聞オンライン)
  4. 箱根駅伝 区間記録歴代ベスト5(読売新聞オンライン)
  5. 【箱根駅伝】青学大、大逆転の往路V「急造クライマー」5区黒田朝日が3分24秒差ひっくり返す(日刊スポーツ)
  6. “シン・山の神”青学大・黒田朝日 異次元の区間新記録で5区を征服(月陸Online(月刊陸上競技))
  7. 箱根駅伝 2025:青山学院大が大会新記録で連覇、国学院大の3冠阻む(読売新聞オンライン)

記録は大会公式サイト「過去の記録」に基づきます。

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