箱根駅伝 専門メディア第103回大会 2027年1月2日・3日

コース・文化

襷(たすき)の意味:「駅伝」の名の由来から中継所のルールまで

「駅伝」の名は奈良時代の駅制から。1本のたすきを10人でつなぐ形式が、どこから来てどう運用されているのかをたどる。

目次
  1. 「駅伝」という名前の由来
  2. 最初の駅伝は516km
  3. 5つの中継所
  4. たすきをつなぐ10人の決まり
  5. 中継所で動いた勝負
  6. 大学の枠を越えてつなぐたすき
  7. 中継所を支える人たち

箱根駅伝の映像で最も印象に残る場面の一つが、中継所でたすきが次の走者に渡る瞬間です。1本のたすきを10人がつないで東京と箱根を往復するという形式は、第1回大会から100年以上変わっていません。この記事では、大会公式サイトなどの資料をもとに、「駅伝」という名称の由来、たすきをつなぐ形式が生まれた経緯、そして現在の大会でたすきの受け渡しを支えるルールや人々について整理します。

紺色の地に紅白の襷を斜めに大きく描いた図案
1本のたすきを10人でつなぐ。箱根駅伝の形式は第1回大会から変わっていない(イラスト:Voxlynest編集部)

「駅伝」という名前の由来

大会公式サイトによると、「駅伝」という言葉のルーツは、奈良時代に中央と地方を結ぶ幹線道路に整備された「駅制」にあります。駅制では、幹線道を行き来する役人のために「駅馬」と「伝馬」が用意されていました。1917年に読売新聞社が日本で最初の駅伝を主催した際、神宮皇學館の武田千代三郎館長が、この駅馬と伝馬から着想を得て「駅伝」と名付けたといわれています。

馬を乗り継いで情報や物を運んだ古代の仕組みが、人が走ってたすきをつなぐ競技の名前になったことになります。区間ごとに走者が交代し、次の走者に引き継ぐという点で、駅制と駅伝の構造はよく似ています。

最初の駅伝は516km

その最初の駅伝が、1917年の「東京奠都五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」です。公式サイトによると、京都・三条大橋から東京・上野不忍池までの約516kmを23区間に分け、関東と関西の2チームが3日間、昼夜を問わず走り継ぎました。読売新聞社が上野で開いた博覧会の協賛行事で、この大会の成功が箱根駅伝構想のきっかけとなりました。

1912ストックホルム五輪金栗四三がマラソン代表として出場、途中棄権1917東海道駅伝京都三条大橋〜上野不忍池 約516km・23区間1920第1回大会四大校駅伝競走。東京高師が優勝1943第22回大会戦時下で開催1947第23回大会戦後の再開1987生中継開始日本テレビが全区間の生中継を実現2024第100回大会記念大会として23校が出場2026第102回大会青山学院大学が10時間37分34秒の大会新
1912ストックホルム五輪金栗四三がマラソン代表として出場、途中棄権1917東海道駅伝京都三条大橋〜上野不忍池 約516km・23区間1920第1回大会四大校駅伝競走。東京高師が優勝1943第22回大会戦時下で開催1947第23回大会戦後の再開1987生中継開始日本テレビが全区間の生中継を実現2024第100回大会記念大会として23校が出場2026第102回大会青山学院大学が10時間37分34秒の大会新
東海道駅伝から第102回大会までの主な出来事(大会公式サイトほかをもとにVoxlynest編集部作成)

3年後の1920年2月、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、東京高等師範学校の4校による第1回大会が「四大校駅伝競走」の名称で始まりました。公式サイトは、当時は学生の数も少なく、20kmを走れる選手を10人集めることすら難しかったと紹介しています。たすきを最後までつなぐには、まず10人の走者をそろえなければなりませんでした。

5つの中継所

現在のコースでは、往路は大手町を出発して鶴見、戸塚、平塚、小田原の4つの中継所でたすきをつなぎ、芦ノ湖でゴールします。復路は芦ノ湖をスタートし、小田原、平塚、戸塚、鶴見の中継所を経て大手町に戻ります。往路と復路で同じ中継所を逆の順に通る構成です。公式サイトによると、往路は5区間107.5km、復路は5区間109.6kmで、合計217.1kmになります。

往路 107.5km →← 復路 109.6km大手町1区/10区鶴見2区/9区戸塚3区/8区平塚4区/7区小田原5区/6区国道1号最高地点 約874m芦ノ湖※ 距離の比率・標高は概略
往路 107.5km →← 復路 109.6km大手町1区10区鶴見2区9区戸塚3区8区平塚4区7区小田原5・6区最高地点 約874m芦ノ湖※ 距離の比率・標高は概略
往路と復路の中継所。往路は1区から5区、復路は6区から10区として同じ中継所を逆にたどる(大会公式サイトをもとにVoxlynest編集部作成、距離の比率は概略)

たすきをつなぐ10人の決まり

たすきを誰がどの区間でつなぐかには決まりがあります。公式サイトによると、各大学は12月29日に1区から10区までの10人と補欠6人を登録します。補欠の選手はレース開始1時間前の最終エントリーでどの区間にも入ることができますが、一度区間に登録された選手は、ほかの区間に入り直すことはできません。たすきの順番は、大会の数日前から段階的に決まっていく仕組みです。

1区間でも走者がたすきを渡せなければ、チームの記録は成立しません。中継所での数秒の差が、そのまま最終的な順位に響くこともあります。2025年の第101回大会では、総合8位から11位までの4校が10秒の中にひしめき、11位の順天堂大学は10位と7秒差でシード権を逃しました。

往路復路左ほど速い青山学院大往路 5:20:01(1位)復路 5:21:18(2位)1/2位駒澤大往路 5:23:17(4位)復路 5:20:50(1位)4/1位國學院大往路 5:25:26(6位)復路 5:25:21(3位)6/3位早稲田大往路 5:22:30(3位)復路 5:28:27(10位)3/10位中央大往路 5:21:48(2位)復路 5:31:01(13位)2/13位城西大往路 5:25:58(7位)復路 5:27:11(8位)7/8位創価大往路 5:23:38(5位)復路 5:29:57(11位)5/11位東京国際大往路 5:28:34(11位)復路 5:26:21(5位)11/5位東洋大往路 5:27:53(9位)復路 5:27:03(7位)9/7位帝京大往路 5:29:28(14位)復路 5:25:30(4位)14/4位
往路復路左ほど速い青山学院大往路 5:20:01(1位)復路 5:21:18(2位)1/2位駒澤大往路 5:23:17(4位)復路 5:20:50(1位)4/1位國學院大往路 5:25:26(6位)復路 5:25:21(3位)6/3位早稲田大往路 5:22:30(3位)復路 5:28:27(10位)3/10位中央大往路 5:21:48(2位)復路 5:31:01(13位)2/13位城西大往路 5:25:58(7位)復路 5:27:11(8位)7/8位創価大往路 5:23:38(5位)復路 5:29:57(11位)5/11位東京国際大往路 5:28:34(11位)復路 5:26:21(5位)11/5位東洋大往路 5:27:53(9位)復路 5:27:03(7位)9/7位帝京大往路 5:29:28(14位)復路 5:25:30(4位)14/4位
第101回大会の往路・復路記録。8位から10位の3校は総合記録で3秒の差しかなかった(公式記録をもとにVoxlynest編集部作成)

中継所で動いた勝負

たすきが渡る中継所は、順位の変化がはっきり記録される場所でもあります。第1回大会では、明治大学が最終中継所の鶴見まで首位を守りましたが、最終10区で東京高等師範学校の茂木善作選手が逆転し、東京高師が初代の優勝校となりました。2024年の第100回大会では、青山学院大学の黒田朝日選手が2区で9位から7人を抜き、戸塚中継所で首位の駒澤大学との差を22秒まで縮めました。そのたすきを受けた3区の太田蒼生選手が18km過ぎに抜け出し、平塚中継所にトップで飛び込んでいます。

2026年の第102回大会では、日刊スポーツによると、5区の黒田選手が首位と3分24秒差でたすきを受け、芦ノ湖までに逆転しました。中継所でたすきを受けた時点の差が、次の区間の走りで大きく覆ることもあります。逆に、受け取ったリードを次の走者が守り切ることで勝負が決まる場合もあります。

大学の枠を越えてつなぐたすき

たすきをつなぐのは同じ大学の選手だけではありません。公式サイトによると、関東学生連合チームは予選会を通過しなかった大学の記録上位者から1校1人までで編成され、記録は参考扱いとなります。所属の異なる10人が1本のたすきをつなぐチームも、箱根路を走っています。ただし、23校が出場した2024年の第100回記念大会では、関東学生連合は編成されませんでした(読売新聞による)。

中継所を支える人たち

たすきの受け渡しは走者だけのものではありません。公式サイトによると、エントリーから漏れた部員の多くは「付き添い」として、荷物の管理やマッサージ、体調の把握などを担います。テレビ中継では、中継所で倒れ込む選手を付き添いが介抱する姿がよく映し出されます。大会の運営自体も、関東学生陸上競技連盟の学生が大会開始当初から中心となって担ってきました。予選を通過できなかった大学の学生も、正月には補助員として大会に加わっています。

参考資料

  1. 箱根駅伝とは(概要・歴史・豆知識)(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  2. コース紹介(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  3. 過去の記録 大会詳細:第101回大会 2025年(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  4. 【箱根駅伝の歴史】箱根駅伝とは「なにもの」か(笹川スポーツ財団)

記録は大会公式サイト「過去の記録」に基づきます。

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