箱根駅伝 専門メディア第103回大会 2027年1月2日・3日

歴史

戦争による中断と復活:箱根駅伝が途切れた5年間

1941年、1942年、1944〜1946年。箱根駅伝は戦争で5回中止された。中断と再開の歩みを記録から振り返る。

目次
  1. 中断前の箱根駅伝
  2. 1941年、道路使用の許可が下りず
  3. 回数と開催年のずれ
  4. 1943年の第22回大会
  5. 1947年、戦後の再開
  6. 戦後の中央大学時代
  7. 途切れた歴史が今に伝えるもの

100年を超える箱根駅伝の歴史には、大会が開かれなかった年があります。大会公式サイトによると、第2次世界大戦のため、1941年、1942年、1944年、1945年、1946年の5回は開催されていません。大会の回数と開催年が一致しないのはこのためです。この記事では、公式資料と歴代の優勝記録をもとに、中断から再開までの流れを整理します。

中断前の箱根駅伝

1920年に4校で始まった大会は、1930年代に入ると出場校も増え、強豪校の競り合いが見られるようになりました。日本テレビの歴代優勝校一覧によると、1930年代前半は早稲田大学が優勝を重ね、1935年から1938年までは日本大学が4連覇しています。1939年の第20回大会は専修大学、1940年の第21回大会は再び日本大学が制しました。

第1回 1920年 東京高等師範学校1第2回 1921年 明治大学2第3回 1922年 早稲田大学3第4回 1923年 早稲田大学4第5回 1924年 明治大学5第6回 1925年 明治大学6第7回 1926年 中央大学7第8回 1927年 早稲田大学8第9回 1928年 明治大学9第10回 1929年 明治大学10第11回 1930年 早稲田大学11第12回 1931年 早稲田大学12第13回 1932年 慶應義塾大学13第14回 1933年 早稲田大学14第15回 1934年 早稲田大学15第16回 1935年 日本大学16第17回 1936年 日本大学17第18回 1937年 日本大学18第19回 1938年 日本大学19第20回 1939年 専修大学20第21回 1940年 日本大学21第22回 1943年 日本大学22第23回 1947年 明治大学23第24回 1948年 中央大学24第25回 1949年 明治大学25第26回 1950年 中央大学26第27回 1951年 中央大学27第28回 1952年 早稲田大学28第29回 1953年 中央大学29第30回 1954年 早稲田大学30第31回 1955年 中央大学31第32回 1956年 中央大学32第33回 1957年 日本大学33第34回 1958年 日本大学34第35回 1959年 中央大学35第36回 1960年 中央大学36第37回 1961年 中央大学37第38回 1962年 中央大学38第39回 1963年 中央大学39第40回 1964年 中央大学40第41回 1965年 日本大学41第42回 1966年 順天堂大学42第43回 1967年 日本大学43第44回 1968年 日本大学44第45回 1969年 日本体育大学45第46回 1970年 日本体育大学46第47回 1971年 日本体育大学47第48回 1972年 日本体育大学48第49回 1973年 日本体育大学49第50回 1974年 日本大学50第51回 1975年 大東文化大学51第52回 1976年 大東文化大学52第53回 1977年 日本体育大学53第54回 1978年 日本体育大学54第55回 1979年 順天堂大学55第56回 1980年 日本体育大学56第57回 1981年 順天堂大学57第58回 1982年 順天堂大学58第59回 1983年 日本体育大学59第60回 1984年 早稲田大学60第61回 1985年 早稲田大学61第62回 1986年 順天堂大学62第63回 1987年 順天堂大学63第64回 1988年 順天堂大学64第65回 1989年 順天堂大学65第66回 1990年 大東文化大学66第67回 1991年 大東文化大学67第68回 1992年 山梨学院大学68第69回 1993年 早稲田大学69第70回 1994年 山梨学院大学70第71回 1995年 山梨学院大学71第72回 1996年 中央大学72第73回 1997年 神奈川大学73第74回 1998年 神奈川大学74第75回 1999年 順天堂大学75第76回 2000年 駒澤大学76第77回 2001年 順天堂大学77第78回 2002年 駒澤大学78第79回 2003年 駒澤大学79第80回 2004年 駒澤大学80第81回 2005年 駒澤大学81第82回 2006年 亜細亜大学82第83回 2007年 順天堂大学83第84回 2008年 駒澤大学84第85回 2009年 東洋大学85第86回 2010年 東洋大学86第87回 2011年 早稲田大学87第88回 2012年 東洋大学88第89回 2013年 日本体育大学89第90回 2014年 東洋大学90第91回 2015年 青山学院大学91第92回 2016年 青山学院大学92第93回 2017年 青山学院大学93第94回 2018年 青山学院大学94第95回 2019年 東海大学95第96回 2020年 青山学院大学96第97回 2021年 駒澤大学97第98回 2022年 青山学院大学98第99回 2023年 駒澤大学99第100回 2024年 青山学院大学100第101回 2025年 青山学院大学101第102回 2026年 青山学院大学102中央大早稲田大日本大順天堂大日本体育大青山学院大駒澤大明治大東洋大灰色:その他の大学(各1〜4回)
第1回 1920年 東京高等師範学校1第2回 1921年 明治大学2第3回 1922年 早稲田大学3第4回 1923年 早稲田大学4第5回 1924年 明治大学5第6回 1925年 明治大学6第7回 1926年 中央大学7第8回 1927年 早稲田大学8第9回 1928年 明治大学9第10回 1929年 明治大学10第11回 1930年 早稲田大学11第12回 1931年 早稲田大学12第13回 1932年 慶應義塾大学13第14回 1933年 早稲田大学14第15回 1934年 早稲田大学15第16回 1935年 日本大学16第17回 1936年 日本大学17第18回 1937年 日本大学18第19回 1938年 日本大学19第20回 1939年 専修大学20第21回 1940年 日本大学21第22回 1943年 日本大学22第23回 1947年 明治大学23第24回 1948年 中央大学24第25回 1949年 明治大学25第26回 1950年 中央大学26第27回 1951年 中央大学27第28回 1952年 早稲田大学28第29回 1953年 中央大学29第30回 1954年 早稲田大学30第31回 1955年 中央大学31第32回 1956年 中央大学32第33回 1957年 日本大学33第34回 1958年 日本大学34第35回 1959年 中央大学35第36回 1960年 中央大学36第37回 1961年 中央大学37第38回 1962年 中央大学38第39回 1963年 中央大学39第40回 1964年 中央大学40第41回 1965年 日本大学41第42回 1966年 順天堂大学42第43回 1967年 日本大学43第44回 1968年 日本大学44第45回 1969年 日本体育大学45第46回 1970年 日本体育大学46第47回 1971年 日本体育大学47第48回 1972年 日本体育大学48第49回 1973年 日本体育大学49第50回 1974年 日本大学50第51回 1975年 大東文化大学51第52回 1976年 大東文化大学52第53回 1977年 日本体育大学53第54回 1978年 日本体育大学54第55回 1979年 順天堂大学55第56回 1980年 日本体育大学56第57回 1981年 順天堂大学57第58回 1982年 順天堂大学58第59回 1983年 日本体育大学59第60回 1984年 早稲田大学60第61回 1985年 早稲田大学61第62回 1986年 順天堂大学62第63回 1987年 順天堂大学63第64回 1988年 順天堂大学64第65回 1989年 順天堂大学65第66回 1990年 大東文化大学66第67回 1991年 大東文化大学67第68回 1992年 山梨学院大学68第69回 1993年 早稲田大学69第70回 1994年 山梨学院大学70第71回 1995年 山梨学院大学71第72回 1996年 中央大学72第73回 1997年 神奈川大学73第74回 1998年 神奈川大学74第75回 1999年 順天堂大学75第76回 2000年 駒澤大学76第77回 2001年 順天堂大学77第78回 2002年 駒澤大学78第79回 2003年 駒澤大学79第80回 2004年 駒澤大学80第81回 2005年 駒澤大学81第82回 2006年 亜細亜大学82第83回 2007年 順天堂大学83第84回 2008年 駒澤大学84第85回 2009年 東洋大学85第86回 2010年 東洋大学86第87回 2011年 早稲田大学87第88回 2012年 東洋大学88第89回 2013年 日本体育大学89第90回 2014年 東洋大学90第91回 2015年 青山学院大学91第92回 2016年 青山学院大学92第93回 2017年 青山学院大学93第94回 2018年 青山学院大学94第95回 2019年 東海大学95第96回 2020年 青山学院大学96第97回 2021年 駒澤大学97第98回 2022年 青山学院大学98第99回 2023年 駒澤大学99第100回 2024年 青山学院大学100第101回 2025年 青山学院大学101第102回 2026年 青山学院大学102中央大早稲田大日本大順天堂大日本体育大青山学院大駒澤大明治大東洋大灰色:その他の大学(各1〜4回)
歴代の総合優勝校。第21回(1940年)と第22回(1943年)、第22回と第23回(1947年)の間に中止の年がある(日本テレビ「歴代優勝校」をもとにVoxlynest編集部作成)

1941年、道路使用の許可が下りず

大会公式サイトは中断の理由について、1941年は日本、ドイツ、イタリアの三国同盟が成立した直後で、東海道と箱根の道が軍需物資の輸送に使われ、道路使用の許可が下りなかったと説明しています。戦火の拡大とともに、学生スポーツを楽しむ余裕もなくなっていきました。

箱根駅伝は公道を使う競技です。東京から箱根までの主要道路を長時間使うことができなければ、大会は成り立ちません。道路という社会の基盤の上に成り立つ大会であることが、戦時下ではそのまま開催の困難さにつながりました。

回数と開催年のずれ

中止された5回の影響で、大会の回数と開催年は単純には対応しません。1940年の第21回の次は1943年の第22回、その次は1947年の第23回です。記念大会として23校が出場した第100回大会は2024年の開催で、第1回から104年後でした。年表に並べると、1940年代前半の記録がほとんど空白になっていることがわかります。

1912ストックホルム五輪金栗四三がマラソン代表として出場、途中棄権1917東海道駅伝京都三条大橋〜上野不忍池 約516km・23区間1920第1回大会四大校駅伝競走。東京高師が優勝1943第22回大会戦時下で開催1947第23回大会戦後の再開1987生中継開始日本テレビが全区間の生中継を実現2024第100回大会記念大会として23校が出場2026第102回大会青山学院大学が10時間37分34秒の大会新
1912ストックホルム五輪金栗四三がマラソン代表として出場、途中棄権1917東海道駅伝京都三条大橋〜上野不忍池 約516km・23区間1920第1回大会四大校駅伝競走。東京高師が優勝1943第22回大会戦時下で開催1947第23回大会戦後の再開1987生中継開始日本テレビが全区間の生中継を実現2024第100回大会記念大会として23校が出場2026第102回大会青山学院大学が10時間37分34秒の大会新
主な出来事の年表。1943年の第22回大会と1947年の第23回大会の間に4年の空白がある(大会公式サイトほかをもとにVoxlynest編集部作成)

1943年の第22回大会

1942年に続いて中止が見込まれる中、1943年には第22回大会が開催されています。日本テレビの歴代優勝校一覧によると、総合優勝は日本大学(13時間45分05秒)、往路優勝は慶應義塾大学、復路優勝は専修大学でした。この大会の開催経緯やコースの詳細については、当サイトでは一次資料を確認できていないため、記録のみを記載します。

日本テレビの一覧で戦前最後の数大会を並べると、1939年の専修大学、1940年と1943年の日本大学と、優勝校は年ごとに入れ替わっていました。日本大学は1935年からの4連覇と合わせて、戦前・戦中に計6回優勝しています。中断の前後で最も多く頂点に立ったのが日本大学だったことになります。

1947年、戦後の再開

その後、1944年から1946年まで3年続けて中止となり、大会が再開されたのは1947年の第23回大会でした。日本テレビの一覧によると、再開最初の大会を制したのは明治大学で、総合記録は14時間42分48秒。往路は明治大学、復路は慶應義塾大学が制しています。

再開最初の大会の記録は、中断前と比べて大きく遅くなっています。日本テレビの一覧によると、1938年に日本大学が出した優勝記録は12時間40分13秒、1940年は13時間12分27秒、1943年は13時間45分05秒でした。1947年の14時間42分48秒は、1938年の記録より2時間以上遅いことになります。コースの条件が同じだったかどうかは確認できていないため、数字の比較は目安にとどまります。

再開後の記録を見ると、1948年は中央大学が13時間21分10秒、1949年は明治大学が13時間36分11秒で優勝し、1950年代に入ると優勝記録は12時間台に入っていきます。道路事情や生活環境が戦後の混乱から立ち直っていく過程と、大会記録の短縮が重なって見えます。

1950年代の優勝校を見ると、中央大学が1950年、1951年、1953年、1955年、1956年に優勝し、その間を早稲田大学(1952年・1954年)と日本大学(1957年・1958年)が埋めています。優勝記録は1947年の14時間42分48秒から、6連覇の始まる1959年には12時間01分23秒となり、12年間で2時間41分25秒縮まりました。この間にコースや区間の距離がどう変わったかは当サイトでは確認できていないため、記録の推移のみを示します。

セピア色の野道を走る2人のランナーのイラスト
大会が途切れた5年間を経ても、たすきをつなぐという形は変わらずに受け継がれた(イラスト:Voxlynest編集部)

戦後の中央大学時代

戦後の箱根駅伝で最初に一時代を築いたのが中央大学です。1948年の優勝を皮切りに、1950年代にかけて優勝を重ね、1959年から1964年には箱根駅伝史上最多となる6連覇を達成しました。通算14回の総合優勝は現在も最多です。

中央大学6連覇(1959〜1964)日本体育大学5連覇(1969〜1973)日本大学4連覇(1935〜1938)順天堂大学4連覇(1986〜1989)駒澤大学4連覇(2002〜2005)青山学院大学4連覇(2015〜2018)青山学院大学3連覇(2024〜2026)
中央大学6連覇(1959〜1964)日本体育大学5連覇(1969〜1973)日本大学4連覇(1935〜1938)順天堂大学4連覇(1986〜1989)駒澤大学4連覇(2002〜2005)青山学院大学4連覇(2015〜2018)青山学院大学3連覇(2024〜2026)
総合優勝の連覇記録(3連覇以上)。中央大学の6連覇が最長(日本テレビ「歴代優勝校」をもとにVoxlynest編集部作成)

途切れた歴史が今に伝えるもの

1920年の第1回から2026年の第102回まで、大会は106年の間に102回開かれました。中止された5回の分だけ、回数と年数がずれています。毎年当たり前のように迎える正月の大会も、公道を使える社会の安定があってこそ成り立っていることを、この5年間の空白は示しています。

参考資料

  1. 箱根駅伝とは(概要・歴史・豆知識)(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)
  2. 歴代優勝校(日本テレビ 箱根駅伝番組公式サイト)
  3. 【箱根駅伝の歴史】箱根駅伝とは「なにもの」か(笹川スポーツ財団)
  4. 過去の記録(東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)

記録は大会公式サイト「過去の記録」に基づきます。

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